ノーベル経済学者も指摘:社会保障制度は「ねずみ講」である

2011年09月14日 Saidani

翻訳:mikte

我々は一般的な定義を使って、日本の社会保障制度は「ねずみ講」だとずっと述べてきた。

ねずみ講とは詐欺的な投資事業のことである。組織が稼いだ実際の利益ではなく、投資家自身のお金や、後から加わった投資家が支払ったお金で、それぞれの投資家に配当している。

受給者は、自分の支払ったお金が運用されて得られた収益を受け取っているのではない。今給付されているお金は、現在の収益(現在の出資者)から集めたものだ。日本政府が認識しているように、世界的な不況で悪化した20年に及ぶ長期の停滞が今も続くなど、景気が落ち込み、受給者が増加することによって、ようやく社会保障制度のねずみ講的な構造が露わになっているのだ。

もちろん、政府やメディアの中でそれを公に認める者はいない。それどころか、社会保障制度改革の議論は、ねずみ講的な要素を減らすものではなく、経済がじきに回復することを願ってツケを数年先送りするものに過ぎない(政府の政策は全て、健全な経済学よりもこの「願い」に基づいている)。出生率も同様だ。たとえ読者が我々の真意を理解したとしても、政府は自らの利益のために、多数の高齢受給者に最後の「犠牲の共有」を受け取らせるのを、困ったことだとは思わないだろう。政府は永遠に願いを湧き出しているに過ぎない。それは国民から絞り取りたいという願いだ。

さて、現在アメリカは選挙運動期間である(14カ月後に大統領選が控えている)。候補者の1人、共和党のリック・ペリー氏は、アメリカの社会保障制度(奇妙にも、日本の制度と非常に良く似ている)をねずみ講と称し、国民をひどく驚かせた。しかし結局、この制度が後世代に対する詐欺だということを認めたくない社会主義者たちの非難を浴びただけだった。なぜ社会主義者たちは認めたくないのだろうか? 政府が国民の面倒を見るという概念が損なわれ、アメリカの社会主義が「歴史の塵(ちり)」になってしまうからだ。

「社会保障制度は、こういった若者に対するねずみ講(ポンジー・スキーム)だ」とペリー氏は答えた。「今働いて社会保障制度にお金を納めるという考え、現在の制度は若者のためになるという考えはウソである。この世代に対するあまりにもひどいウソで、若者にそんなウソをついてはいけない」

アメリカの社会主義者たちは、このペリー氏の意見をすぐに非難した。

米国国勢調査局の最新データによると、ペリー氏が連邦政府にはそぐわないと考えているこの制度によって、昨年1400万人の高齢者と、110万人の子どもたちが貧困から救われた。

言うまでもなく、全体的に見ると、社会保障制度はアメリカの貧困にあまり効果をなさなかった。それどころか、貧困は悪化したのだ。それでも社会主義者たちは問題をしつこく追及している。

バイデン副大統領は12日夜に放送されたCNNのインタビューで、「ペリー氏は昔に遡ってポンジーがどんな人物だったか調べるべきだ。(社会保障制度とは)全く異なる不正取引を行った人物だった。社会保障制度はねずみ講などではない。2036年まで保証されており、調整するのも難しくない」と語った。

こういった社会主義者たちには残念なことだが、母親のような政府(社会主義)の最も熱心な提唱者の1人は、ほかでもないノーベル経済学賞受賞者(我々は軽い意味でこの言葉を使っている)、ポール・クルーグマン氏である。日本人はクルーグマン氏のことを、支出政策の提唱者として覚えていることだろう。日本人はその政策を行ってきて負債の深みにはまったのだ。福祉による富の移転と並んで、日本の失われた10年の一番の原因である。

実際、クルーグマン氏はアメリカ人納税者にとっても不吉な存在だ。アメリカ政府に社会主義者の時代をもたらし、「失われた10年」に関して日本に追いつこうとしているように思えるからだ。アメリカは1990年代にクルーグマン氏が日本に与えたのと同じ助言に従っている。とにかく、クルーグマン氏は社会保障制度について下記のように語った

社会保障制度は受給者の観点から、一般的な退職金制度のように構築されている。どれだけ得られるかは支払った額によるのだ。そのため、再配分政策のようには見えない。しかし実際には、強力な再配分制度であることが分かっている。ねずみ講的な要素があり、あらゆる世代が支払った分以上を受け取るからにほかならない。やがて人口統計が変わることによって、このねずみ講は終わりを迎え、それ以降、標準的な受給者は、大体自分が支払った分だけを受け取ることになる(今の若者は支払った分より少ない額を受け取ることになるかもしれない)。

日本政府が社会保障制度改革の議論を行っているのだから、国民は自分たちがお金を支払っているこういった制度について理解しておくと役に立つだろう。若者は支払った分をこの制度から受け取ることはない。一方、この巨大な制度によって国が破綻しないようにするためだけに、万人が増税される。政府は破綻して維持できない制度を救おうとするため、誰もが政府にだまされることになる。この制度を廃止するのは難しいが、長期間維持するのは不可能だろう。

ペリー氏がどれだけ正しく理解しているかを示す下記の発言で、締めくくりたいと思う。

言うまでもなく、社会保障制度は本質的にねずみ講だ。それまでの「出資者」(退職者)に支払うのに、十分な数の新たな「出資者」(労働者)に完全に依存しているからだ。しかし今週、雑誌『Reason』のオンライン版で社会保障制度の3つの主要な事実が明らかになった。社会保障制度はねずみ講よりずっとたちが悪いとし、大胆にも、リック・ペリー氏はこの問題に関する自らの発言を和らげていると付け加えたのだ。

Reasonより:

1. ねずみ講は新たな出資者からお金を集め、それまでの出資者に支払うためにそのお金を使う──差し引かれるのは手数料。しかし、社会保障制度は新たな出資者からお金を集め、その一部でそれまでの出資者に支払い、さらに余剰分を政府が優遇する団体のための政策に使う──差し引かれるのは、巨大な官僚機構を支えるための費用。何年にもわたって、何兆ドルというお金がそういった団体や官僚に費やされてきた。

2. ねずみ講に加わるかは自由意志による。しかし社会保障制度はそうではない。政府は自動的に社会保障費を給与から差し引き、あなたのためにそれを「投資」しているのだ。

3. それまでの出資者に支払うのに十分なだけの新たな出資者をだませなかったら、ねずみ講は破綻する。しかし社会保障制度では、出資者──哀れな労働者ともいう──が少なくなると、税金が引き上げられる。

実のところ、ねずみ講と社会保障制度の比較を最初に行ったのは、新ケインズ主義者でノーベル賞受賞者のポール・A・サミュエルソン氏である。1967年の『ニューズウィーク』誌のコラムで、社会保障制度を擁護したサミュエルソン氏は、こんな見解を述べている。

成長する国家とは、かつて構想された中で最も壮大なねずみ講である。これは事実であり、パラドックスではない。

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